2015年3月6日金曜日

CSVと企業の競争優位、 そしてCSR

2015年3月発行 KBSレポート(非公刊)より抜粋・編集

 今年のダボス会議での議論を振り返るまでもなく、貧困や失業、栄養不良を始めとする社会課題の深刻度と社会秩序の不安定さ(テロを含む地政学的リスク)には一定の因果関係があると思われる。こうした広範な社会的課題の解決とビジネス世界での利益追求は、一見すると別次元のようにとらえられる。だが、そもそも企業活動を市場原理に基づいて「社会ニーズに応える活動」だと考えれば、両者は密接に結びつく可能性がある。

 これまで企業戦略と言えば、そのゴール(被説明変数)は企業の金銭的価値の最大化と認識され、それを実現する原因(もしくは手段)が研究の対象となってきた。この「戦略のゴール=経済的価値」という認識はあまりに当然のことであり、多くの研究者や企業はこの経済的価値最大化のために経営資源配分を最適化すべく、研究や経営にまい進してきている。

 一方企業はこれまでも、直接的には企業の経済的価値(例えば単年度で言えば会計上の利益)に結びつかず、また必ずしも自社の本業とは関連しない分野で、株主以外の利害関係者を益するような活動に関与している。いわゆるチャリティー事業や寄付、従業員主体のプロボノ活動、財団の設立による公益活動などである。こうした活動は、特に本業の市場競争力強化を直接に意図したものではないことが多く、また結果的に競争力につながる保証もない。日本では、こうした活動が「CSR」呼ばれることが多いようだ。

 CSRの歴史が古い欧州では、企業の社会責任とは「企業がその事業活動プロセスと製品の双方において、社会に対し負の価値を生み出さないこと」(藤井2005)と認識されている。私の研究では、CSRをこの欧州ベースの定義に基づいて考えている。

 さて、表題のCSV(Creating Shared Values)(Porter & Kramer 2011)とは、企業が本業を通じて経済的価値と社会的価値の両立・相乗効果を追求する活動を意味する。この文脈からは、日本的解釈のCSRはたしかに何らかの社会的便益は生み出すものの、必ずしも企業の経済的価値に結びつくとは限らないという意味で「非戦略的」とされる。昨今日本企業でも盛んになってきているCSVへの志向性は、これまで純粋な慈善活動に振り向けていた原資を、本業自体が関わる社会課題の解決へ再配分し直すことを意味する。

 このように、経済的価値の増大と社会的価値増大の間に相乗効果を生じさせる企業能力(社会経済的収束能力と呼んでいる)とは何なのか、またその成果としての経済的価値と社会的価値はどのように測定できるのか。この二つが私の現在の研究テーマとなっている(岡田2014)。

 なお、昨今はCSVの議論に隠れて徐々にCSR活動をフェードアウトする企業も散見されるが、ここは慎重に事を運ぶ必要があると思われる。企業はCSRを「本業によって社会に負の価値を生み出さないこと」と改めて定義し直し、CSVのように個々の企業がその強みや裁量次第で選択的に取り組む性質の活動とは分けて、真剣に継続する必要がある。昨今の新聞紙上を見るまでもなく、この定義によるCSR領域にはまだまだ改善の余地がある。

 CSVは自社の独自性を打ち出す企業戦略の一環として、またCSRはあまねく企業が果たすべき社会的責務として、企業実務の見地からは区別した対応が必要だと考えている。


<参考文献>

岡田正大(2014)「CSVは企業の競争優位につながるか:新たな企業観の行方」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー、ダイヤモンド社、2015年1月号、p38-53.

藤井敏彦(2005)『ヨーロッパのCSRと日本のCSR―何が違い、何を学ぶのか。』(日科技連出版社)

Porter M.E. and M. Kramer (2011) “Creating Shared. Value” Harvard Business Review No. 89(Jan/Feb): p.62–77.

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岡田 正大 (おかだ まさひろ)

1985年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。(株)本田技研工業を経て、1993年修士(経営学)(慶應義塾大学)取得。Arthur D. Little(Japan)を経て、米国Muse Associates社フェロー。1999年Ph.D.(経営学)(オハイオ州立大学)取得、慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師に。助教授、准教授を経て現在教授。