2009年10月21日水曜日

「BOP」への多元的アプローチの存在と本フォーラムにおける検討対象

1)本フォーラムでの議論の対象

 昨今の「BOPビジネス」に対する関心の高まりを受けて、日本においても複数の論者によって様々な立場から「BOPビジネス」の一義的解釈が試みられたり、一定の立場から懸念や限界が指摘されたりしている。だが、異なる論者が各々異なる定義・含意で「BOPビジネス」という言葉を用いると、これは同床異夢で議論のすれ違いばかりが際立ち、実のある議論は望めない。

 たとえば、本フォーラムでは「『BOP』における企業活動」の成功には、1)利益の継続実現を追求すること、2)活動プロセスで社会責任を全うすること、3)手段もしくは目的として貧困削減に貢献していること、これら3つの要件を満たしていなければ「BOP」における事業活動が「成功している」とはいえない、と考えるが、①単に担い手が企業であり地理的場所が「BOP」である活動、②上記3つの要件をすべて高い水準で満たしている「BOP」での事業活動、③上記の要件をそもそも満たすつもりのない「BOP」での事業活動、などをすべて渾然一体としてとらえ、一言で「BOPビジネス」と称して議論することは無意味だろう。重要な次元で異なっている複数の概念を混同したまま、「BOPビジネスとは、、、」という符牒化・一般化が試みられると、これは読む側に混乱を招くだけだ。よって本フォーラムでは今後「BOPビジネス」という言葉は原則として用いない。


 既存研究(別途論じるが、PrahaladやHart等をはじめとする一群の研究)では、「『BOP』における貧困解決と利益実現を両立させる」という文脈を前提としてきており、本フォーラムもその延長上に問題意識を共有している。本フォーラムでは「『BOP』において、BOP2.0の原則の下で、必要水準の利益を持続的に確保しつつ、社会問題(貧困解消等)解決にも資する事業」企業の営利性と社会性に関するエントリーでいうところの「BOP2.0ベースの第5世代」が成立する条件を検討対象にする

2)「BOP」への多元的アプローチの可能性

 「BOP」の現状を鑑みて、衆目の一致する目指すべき姿の一つは、「最貧層の地元経済が持続可能な形で発展し、一人ひとりの経済状況や幸福度が改善していくこと(貧困の解消)」にあるといえるだろう。だが、その手段としては、個々人の努力、国際機関、NPO、NGOによる活動、現地政府や先進国政府関連諸機関の活動、地元企業の活動、小規模ベンチャー企業、多国籍企業の活動と、多様な方法論およびその組み合わせが考えられ、それら様々な選択肢に試みられる価値があるだろう。

 本フォーラムは、それら多岐にわたる方法論の中で、特に多国籍企業の経営資源(製品技術、生産技術、経営ノウハウ、資金調達能力等多様なものを包含する)を活用した利益ベースの活動(詳細は後述するが、事業活動の持続性・拡張性を担保する原資の獲得と効率性の担保、および外部資金を誘引する力を確保するためには、利益の追求が必要という立場)を包含するアプローチに着目する。そして、このアプローチが成功する条件を明らかにしようとしている。

 さらにこのアプローチは、「BOP」の特性から必然的に、既存のNPO、NGO、地元企業、政府諸機関等と選択的に連携することを必要とするだろう。なぜならば、これまで「BOP」の諸問題に関与し解決してきたそれら主体との協力の必要性はあまりに高く、かつ学ぶべき知見もあまりに多いからである。ここにすでに顕在化している先進国・新興国市場との違いの一つがある。

 なお、昨今「ソーシャルアントレプレナー」「社会起業家」「社会的企業」と呼ばれる存在は、実態として非営利活動(NPO)と営利活動(株式会社)が混在した形で議論されている。だが、共に前提として「社会的価値の追求を経済的価値に優先する」と一般に定義・認知されている。だとすれば、あくまで利益確保を前提とする本フォーラムの趣旨とは完全には合致しない。

3)「『BOP』市場における利益と持続性の確保」は、すべての企業が取り組むべき、もしくは取り組める、性質のものではない

 企業戦略論は、その大前提として個別企業の異質性を重要視する。すなわち、個々の企業により、保有する能力も資源も戦略的意図も様々に異なる、という前提である。

 「BOP」市場における事業活動とは、すでに顕在化した先進国・新興国市場と比べ、はるかに厳しい制約条件の下で遂行されねばならない。単にモノを売るだけでなく、雇用創出や現地経済の購買力向上も同時に実現させる様々な努力と工夫と覚悟(過去のエントリー「BOP2.0」)が必要である。不確実性やリスクも相対的に大きい。「『BOP』における利益創出と貧困解消の両立」というミッションについても、まずそれを事業ミッションとして選択するか否かが企業自身の選択に委ねられるし、さらに取り組んだとしても成功不成功の差が企業間で大きくつくだろう。

 すなわち本フォーラムで議論の対象とする「『BOP』における企業活動」とは、すべての企業に対しておしなべてそれへの取組みを推奨するようなキャンペーンとは質的に異なっており、企業が採り得る戦略上の選択肢の一つにすぎない。個別企業の異質性の前提に立てば、「『BOP』市場への取り組み」は個々の企業が主体的能動的かつ選択的に行うものであり、コンプライアンス(法令順守)や本業以外での社会貢献活動(フィランソロピー)、「環境にやさしい経営」のように、広くあまねく企業に求められるものと同列に議論することはできない。

 たとえば「BOP」において、営利企業が純粋に非営利活動として何らかの貧困解消事業/活動に取り組むこともあるだろう。しかし、それはいわゆるフィランソロピーの範疇に入るものであり、本フォーラムの検討対象にはならない。

4)「BOP」における企業活動と企業の社会責任

 「BOP」における企業活動は、まさに存続をかけた「事業」であり、それ以上でも以下でもない。よって欧州発の本来のCSRで求められる「本業の事業プロセスにおける社会責任」(藤井2005)も当然ながら要求される。すなわち、「BOP」において搾取的賃金の下で労働を強いたり、不当な低価格で原材料を調達したり、環境を破壊する収奪や土地開発を行うことなどは許されない。「BOP」での事業を真の意味で成功させるには、その100%の保証とそれを支える信念・指導力が求められる。

 一方で、この「『事業プロセス』において果たすべき社会責任」と、「BOP」における事業活動を選択した企業が「事業目的の一つとして貧困解消を意図するか否か」は、別物である。前者は事業活動の場が「BOP」であるか否かに関わらず、より普遍的に要請される性質のものであり、後者は個々の企業が主体的に選択する問題であって、すべての企業がおしなべて要請されるタイプのものではない。

5)「BOP」における企業活動において「貧困解消」は手段か目的か

 前項を受けて、「BOP」での企業活動における貧困解消の位置づけを考える。それには二つの考え方があり得る。第1は、事業目的そのものに利益創出と貧困解消を掲げ、それらの両立を図る考え方である。第2は、事業の目的はあくまで必要な水準の利益を持続的に達成することであり、貧困解消への取り組み(「BOP」における雇用機会・事業機会の創出による購買力の増大等)は、そのための必要条件・手段の一つとみる考え方である。いずれにせよ、貧困解消を顧慮せず、一方的にモノを売るだけのBOP1.0 では、既述のように事業の持続性確保は難しい。

 ここで事業の失敗がどう判定されるかを、それぞれのパターンで考察してみよう。まず、第1の考え方(事業目的として利益と貧困解消の両立を選択した場合)をとったとすると、求められる水準の利益を上げられないか、貧困解消の実現に失敗するか、もしくはその両方が果たされない時点で、「両立」に失敗したことになり、それはすなわち事業の失敗となる。第2の考え方であれば、事業を遂行する途上で、調達した資金の出し手(投資家)が期待する最低限の利回りを満たせなくなった時点で、事業は失敗したとみなされよう。

 結局のところ、貧困解消を目的の一つとして捉えても(第1)、手段と捉えても(第2)、結果的には貧困解消と利益が両立していないと、「BOP」における事業の成功は成り立たないことがわかる。どちらのアプローチを選択するかは、まさに個々の企業に委ねられる問題であり、こうすべき、という規範的判断は下せない。

6)利益の役割

 「利益の追求」という言葉が否定的な意味合いで用いられることがある。そこには暗黙的に、利益というものは経営者や株主など、一部の利害関係者で独占されるという、漠然とした不平等感、被搾取の感覚があるのかもしれない。だが実際には、一口に利益といっても、そこには階層構造があり、多様な利害関係者に配分されている(下表)。例えば、営業利益の中からの配分先は、債権者(支払利息)、国や自治体(法人税・地方税)、株主(配当)、役員(賞与)、各種団体(寄付。もし行なうと意思決定するならば)、そして自社(将来への投資に使える内部留保)となる。


 すなわち上記の観点から、企業が生み出す利益を仮に営業利益(本業から得られる利益)と捉えると、

 第1に、利益はその事業を発展・拡大させていくために必要不可欠な投資の原資となる。継続的な利益確保が重視されるゆえんである。

 第2に、営利企業(株式会社)の場合、元本保証のないリスクをとった投資家から資金提供を受けていれば、その投資家(株主)が資金を投じる上で期待している少なくとも最低限の利回り(株価と配当もしくはそのいずれかを通じ)を実現させるため、経営者は利益獲得の努力を惜しんではならない。営利企業は、こうした投資家の意向に応えようとするからこそ、より大きな外部資金の誘引が可能になり、事業活動の拡張性を高めることができる。

 第3に、銀行等の金融機関からの借り入れによって事業維持拡大の資金を得ている場合、負債に対する利息を間違いなく支払うことにより、さらに信用が拡大し、より大きな資金の借り入れが可能になる。

 第4に、いうまでもなく、利益を課税所得のレベルでとらえれば、利益の増大に比例して納税額も増大する。これにより所得の再配分機能を通じて社会に貢献する。BOPの現地法人できちんと利益を上げることにより、より多くの税を納め、それによって現地社会に貢献する。(脱線だが、現在、日本では法人税収の落ち込みから子供手当の財源確保に四苦八苦しているし、例えばトヨタの業績不振は豊田市・田原市・愛知県の税収を1千億円単位で減少させ、公共サービスの継続が危惧されたりといった深刻な影響を与えた。)

 第5に、営利企業は多様な利害関係者の監視の下に置かれる結果、経済合理性の判断が強く求められる。特に株主(背景には株式市場)の存在は厳しいチェック機能として作用する。利益を上げるために求められる資源の有効利用や無駄の排除、徹底的なコスト削減能力などは、BOP市場での事業活動を成功させるうえでも、特に高い水準で求められるものだ。

 第6に、従業員の給与水準について考える。直接部門(主に製造部門)従業員の給与は売上原価にカウントされ、販売・管理部門の従業員給与は粗利益ベースで配分される。そして原価低減・経費削減の観点からは、常に人件費を低減させる圧力が働く。だが、先に述べた事業プロセスにおける社会責任とBOP2.0の観点から、「BOP」事業を成功させるためには、決して搾取的水準に陥ることなく、現地経済の購買力を持続的に向上させられるような適正水準で給与を支払うことが重要となる。

 総じて、「BOP」で事業に取り組む多国籍企業、およびそれと連携する地元企業や地元起業家も、共に事業の持続的拡大へ向けて努力し、そのためにも利益拡大に努めることが合目的的といえる。利益の持続的確保・拡大は、貧困解消をもたらす事業活動の継続を担保し、効率を高め、さらに拡張させる役割を果たすことができるだろう(その過程で「事業プロセスにおける社会責任」が要請されることは既述の通りである)。また、企業を取り巻く多様な利害関係者へも配分が行なわれ得る。各種利害関係者への配分比率の決定は、個別企業の選択に委ねられる部分もあり、まさにそこには個々の企業のミッションや理念が反映されるだろう。

7)本フォーラムの取り組み

 上記の前提に立って、本フォーラムでは、多国籍企業の経営資源の活用を通じ、「BOP」市場に根差した事業活動を拡張させ、利益と社会問題の解決を両立するにはどのような条件を満たすことが必要か、を明らかにしようとしている。その中には、より実際的な成功条件(ビジネスモデル、提携パートナーの選択、望ましい資本構成等々)はもちろん、戦略理論で前提とされている企業の存在意義そのものをどう見直すべきかや、戦略評価基準の修正など、多くの課題が存在しており、それらはいまだ完全には解決されていない。これらのテーマを含め、研究対象としていく。(岡田)

<参考文献>
藤井敏彦(2008)「ヨーロッパのCSRと日本のCSR:何が違い、何を学ぶのか」日科技連出版社p.39-40.

2 件のコメント:

  1. ミシガン大学のビジネススクールで、BOPの授業を複数受講しました。
    初めて触れたときは衝撃を受けましたが、やっと日本にも広がってきたんですね。
    日本に適したモデルへと進化させるには、経営学としての研究活動も重要だと思います。
    ぜひ頑張ってください。

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  2. コメントありがとうございます。日本での学術的な研究活動はまだ緒についたばかりで、「英語の世界」よりも遅れているというのが私の印象です。既存研究に少しでも早くキャッチアップし、日本企業に適したモデル・価値観の構築を企図しています。また、何かありましたらコメントをお寄せください

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