2011年4月25日月曜日

セキュリテ被災地応援ファンドとインパクト・インベスティング

野村の復興ファンド(被災企業発行の社債等を購入)も募集が始まったが、インパクトインベスティングの仕組みとしてより興味深いのは、被災企業6社が投資対象となる「セキュリテ被災地応援ファンド」だろう(河北新報による報道はこちら4月25日より順次、投資家への募集開始予定という)。規模は野村の方がはるかに大きくなるが、セキュリテ不幸ファンドの特徴は、その仕組みだ。振り込まれた一口1万円のうち、半分が出資金、半分が寄付金となる(さらに加えて運営手数料500円が追加でかかる。よって一口10,500円)。

社会的投資という考え方は、ある同一の出資金に対し、経済的リターンと社会・環境的インパクトを同時追求することが想定されてきたが、両者を明確に性格付け、切り分けているような体裁を持っている点が特徴的である。もっとも、このスキームの出資金自体も、被災企業の復興という大きな社会的インパクトを背負っていることは言うまでもない。

こうした出資と寄付を合体させた資金調達方法は、今後も自由な発想で様々なバリエーションが考えられるであろうし、包括的ビジネスにおいても活用可能なスキームと考えられる。

公開情報ベースの事実関係としては、まず2011年4月1日にミュージックセキュリティーズが「『セキュリテ被災地応援ファンド』事業者の受付」を開始した。これは投資家への募集ではなく、ファンドの「投資対象となる事業者の募集」である。今回、この募集に被災地の6企業が応募したものと推察される。

これらの6事業者は、
1)八木沢商店(陸前高田市、みそ・しょうゆ醸造)、2)斉吉商店(水産加工業)、3)石渡商店(フカヒレ加工販売)、4)オノデラコーポレーション(輸出入・飲食業)、5)丸光食品(製麺業、ここまで気仙沼市)、6)のヤマウチ(鮮魚販売、宮城県南三陸町)。いずれも各地方の地元発中堅中小事業者だが、ネット通販の活用など新しい経営手法を積極的に活用している印象だ(各社のウェブサイトを覗いてみてほしい)。ヤマウチなどは第13回日本オンラインショッピング大賞 最優秀小規模サイト賞を受賞している。

2011年4月20日水曜日

東日本大震災と包括的ビジネス(BOPビジネス)

今回の未曾有の震災は、現在も多種多様で深刻な課題を企業社会に突き付けている。先進国では当たり前だった与件が深く変質してしまった今、企業はそのビジネスや業界の特性に応じて、単にリスクや危機管理体制を見直すにとどまらない戦略再構築を迫られるだろう。例えば、集権的に制御されたエネルギー網や集中制御型ビジネスプロセスそのものを見直す必要が生じている。

本エントリーでは、大震災が企業に突き付けた問題と包括的(BOP)ビジネスへの取り組みがオーバーラップする部分、さらには企業の取り組みとして相乗効果が期待できる部分を議論したい。

実際のところ、東電による計画停電中だった我が家で最も活躍したのは、他ならぬタンザニアで購入してきたBOP向けのソーラーランタンだった。またパナソニックグループの三洋電機は現在アフリカで拡販中の自社製ソーラーランタンを4000台被災地へ贈り、またパナソニックもBOP無電化地域向け設備を被災地へ提供した。考えるきっかけはこうした単純な事実である。

考えてみれば、包括的ビジネスの舞台であるBOPにおいては、BHN(Basic Human Needs)の未充足が大きな問題である。それはMDGsとして明示的に認識されてもいる、それらの問題解消が包括的ビジネスの大きな目的の一つである。一方今回の日本の震災地でも、先進国では空気のように当たり前の存在だった「エネルギーへのアクセス(Access to energy)」が、当たり前でなくなった
。その意味において、BOPと同様の事態が今現在の日本で発生している(無論、経済力が圧倒的に大きな日本において、地理的にごく部分的な範囲でエネルギー網が破壊されても、その修復は包括的市場に比べればはるかに速いスピードで改善が図られる事は言うまでもないが。)

すなわち、

1)今回の震災を機に、日本の企業社会は、「エネルギーは無限かつ安定的に供給されるものだ」という意識・無意識の与件が盲目的神話にすぎなかったと体験を持って自覚した。⇒分散自立型へのシフト(転換ではない。製品戦略、オペレーション体制の抜本的再構築へ)

2)日本企業・国民は、東北被災地での体験(社会資本の全喪失、
停電は400万世帯)や、それに比べれば影響はごく微小ながら、5日間で東電管内約1,000万世帯で生じた計画停電を通じ、社会資本がほんの一部でも欠如すると、それを当然の与件として成立していた社会ではいかに重大な問題が生じるかを、今更ながら体験を伴って思い知らされた。

3)包括的ビジネスは元来、集中制御型のエネルギーアクセス網のない地域でいかにBHNを充足し、かつ利益を確保するかを狙いとしており、日本の被災地の現状改善と包括的ビジネスの対象コミュニティはある意味で似通ったニーズを持っている。⇒短期的類似性、ならびに補助金等への依存だけでなく、営利ビジネスを通じた問題解決(例えば雇用創出)の重要性も共通。

4)また、日本の被災地におけるBHNの改善は一定期間(5年位?)で終了するが、その後も「災害によるBHN喪失、事業インフラ喪失への備え、安定的な分散エネルギーの確保」へむけて社会構造が変わり、ビジネスもそれを前提に構築されるる可能性が高い。⇒長期的・構造的類似性

5)上記のことからBOPへ向けた製品・サービスの開発と、今後の日本社会のニーズとは相乗効果が高まっていく可能性がある。(これをリバースイノベーションというか否かは微妙だが)

6)例えば
分散エネルギー分野や防災関連設備・製品では、BOP向け製品との間には相乗効果が多々想定できるだろう(コミュニティ向けレベルと個人向けレベルの双方で)。例えば、個人レベルでは簡易浄水器、浄水剤、簡易ソーラー・水力発電装置(動力源、熱源、照明・携帯電話充電)、簡易衛生・医薬用品、水のない場所での衛生確保用品等)⇒防災備蓄用品・防災システム・分散電源ベースの日常生活という新しい成長産業。コミュニティレベルでも分散エネルギーベースの浄水・揚水機能や電力源等々で新たな市場拡大。

与件が変質したnew normal の下で、包括的ビジネスと復興事業の相乗効果が何かの形で具体化してくることを期待したい。こたびの大震災によって、包括的ビジネスと日本企業の心理的距離は確実に縮まったのではないか。

日本能率協会BOPビジネス報告書「開発途上国低所得層(BOP)におけるビジネスの実現と成功条件について」

昨年12月のエントリーで東南アジアのフィールドサーベイについてエントリーして以来、数か月遠ざかってしまった。この間作成に従事していた報告書が、ようやく日本能率協会から3月24日に発表された。(報告書は下記のURLでダウンロード可能です↓)

この報告書は、一昨年のアフリカ昨年末の東南アジアでのフィールド調査、ならびに日本能率協会主催の「BOPビジネス懇談会」メンバー企業(味の素、ヤクルト、ヤマハ発動機、三洋電機、住友化学、テルモ、東芝)の知見を豊富に反映しながら、理論的な構造化を試みた。

執筆に当たって特に留意したのは、1)企業戦略の観点からなぜBOP層でのビジネスに取り組む意義があるのか、2)ゼロからの参画である場合、どのようなプロセスで意思決定していったらよいのか、ということである。

すでに世の中には多数のBOP関連書籍が発刊されており、BOPビジネスを各市場ごとに概観するものや実地調査の方法論などが紹介されている。そのような中、本報告書が光を当てたのは、実務的知見もさることながら、専門領域の企業戦略の視点である。企業戦略においてはいかなるビジネスであれ、そこにどのような「戦略的意図」があるのか、が戦略策定の出発点となる。その下で経営資源は最適配分され、自社の持続的競争優位の実現が目指される。

この「BOPで営利事業を進める際の戦略的意図」という論点の重要な理論的背景になるのがPorter & Kramer (2011) "Creating Shared Value: how to reinvent capitalism -- and unleash a wave of innovation and growth" で、経済的価値と社会的価値の同時実現をゴールとする考え方である。これについては、その重要性に鑑み、両著者のこれまでの一連の著作を振り返りながら、その理論的進展と、今後の戦略理論に与える潜在的インパクトを含め、近日中に触れることにする。