2011年11月9日水曜日

ZTE Corp (中興通訊股份有限公司) のアフリカ戦略と経済的パフォーマンス

BOP領域での通信技術セクター(特に携帯端末とネットワークインフラ)の重要性は言うまでもないが、アフリカにおける中国通信機器メーカーのプレゼンスが一挙に高まっている。日本企業の影はほぼない。


11月3,4,5日はCKJ Project の定例共同研究会で北京の清華大ビジネススクールへ。その際ZTE Corp. (Huawei 華為技術と並ぶ中国の通信機器大手)の研究開発センターを見学した。日本での競合と言えばNEC、日立、富士通といったところか。世界市場ではNokia,Ericsson,Siemensなどと競合する。かねてから中国通信機器メーカーのBOPゾーンでの躍進は認識していたが、今回ZTE社経営陣から、そしてショールームでさらに説明員から解説され、率直に「これはかなわないな」と嘆息。すでに総売上高に占めるアフリカの比率が2割近くに達している。下は、同社ショールームの展示資料の数値を表にしたもの。


<ZTE 海外売上高比率 地域別>
(ちなみにNEC、富士通の海外売上高比率はそれぞれ15.4%と31%。ZTEは60%。2010年度実績。NECの「日本以外の区分に属する主な国または地域」にアフリカは記載なし。富士通の場合、欧州・中近東・アフリカを総称してEMEAとし、これが17%。
上表に見るように、ZTEはアフリカ大陸での売り上げが中国を除くアジア地域の売上とほぼ肩を並べている。同社ショールームの説明員(20代女性)は誇り高く堂々と企業紹介をしてくれたが、なんでも「アフリカ全土にZTE社員が10,000名いて、うち3,000名が中国人」とのこと。圧倒的コミットメントである。(ZTE社 従業員総数7万名 2011年現在)

彼らの戦略を記述した関連記事を下記に見つけた。


ZTEの場合、中国の政策銀行であるThe Export-Import Bank of China (China Exim Bank、中國進出口銀行)およびThe China Development Bank (CDB、國家開發銀行)からそれぞれ$15B、$10Bの与信枠を与えられている。HuaweiもCDBから$10B(2005年)、$30B(2009年)の与信枠を得ている。こうした財務力を背景に、ZTEはアフリカ諸国で欧州の競合(EricssonやNokia Siemens Networks)よりも30-40%安い価格を提示し、Huaweiも5-15%安い価格を提示しているという。契約条項修正(例えば値引き)の意思決定を24時間以内に行うというスピード感も備えている。こうして欧州メーカーはサブサハラ市場での売上減少という事態に見舞われている。

ZTEの侯為貴会長は、2015年をめどに海外売上高比率を70%へ、現在10%程度の先進国市場を20-30%に引き上げたいと語っている。途上国市場で培った低コスト・低価格を武器に、リバースイノベーションで先進国市場の本格的攻略が始まるのか。

下記は欧中日の主な通信機器メーカーの株式リターン。どのように見えるだろうか。

表中の証券コード:
ZTE=HK:763, 富士通=JP:6702, NEC=JP:6701, Siemens=DE:SIE, Nokia=SE:NOKISEC, Ericsson=SE:ERICA

<通信機器セクター主要企業の株式リターン:
リーマンショック後のリカバリー>


注:上記グラフで、一番上の黒線がZTEの株式リターンである。2010年5月にリターンが急減しているのは、2:3で株式分割されたから(例えば200株持っていれば無償で300株に増える)。よって右端最終のリターン水準はほぼ+100%となっているが、実質的には+200%(3倍)。他社を圧倒している。

2011年7月26日火曜日

第4回フィールド調査

岡田研究室は7月30日まで、現地調査でインドネシアおよびベトナムに滞在中である。25日はインドネシア・タンゲラン州のP.T. Humakilla Indonesia(フマキラー・インドネシア)を訪問し、現社長、生産、研究開発、営業の責任者、およびキャラバン隊による草の根営業活動に同行し、タンゲラン州地方農村部でのサンプル配布や商品納入の現場に立ち会ってきた。現社長のスピード感あふれる的確な経営判断には大いに学ぶところがあり、これから途上国低所得層への進出を考慮する上で、参考になるだろう。いずれケース教材の形で慶應ビジネススクールより発刊される。
26-27日はベトナム・メコンデルタで現地の農家に技術指導をしながら、ジャポニカ米(日本米)の契約栽培を展開し、近隣諸国への輸出を行っているアンジメックス・キトク社を訪問中である。本日は精米工場の見学と経営陣インタビュー、明日は契約農家と栽培圃場への訪問を予定している。
これまで4回にわたり、当研究室ではバングラデシュ、タンザニア、ナイジェリア、ベトナム、カンボジア、インドネシアで現地調査を行ってきた。インドネシア、ベトナムについては複数回訪れている。調査対象となったのは下記の企業・組織等である。
第1回調査 バングラデシュGrameen Telecom (携帯電話販売事業)、 Nokia Care Center(携帯電話顧客サービス事業)、 GrameenPhone (携帯電話キャリア)、 BRAC (世界最大のNGO、貧困・教育・医療等の環境改善)、 BracNet (広帯域通信技術によるISP事業)、 Grameen Bank (マイクロファイナンス事業)、 Grameen Danone (高栄養ヨーグルトの製造販売)
タンザニア・ダルエスサラーム:Panasonic Energy Tanzania (乾電池製造・販売)、Tanzania Occupational Health Service (Panasonicの提携病院)、D. Light Design (ソーラーランタン製造販売)
タンザニア・アルーシャ:Vector Health International (防虫蚊帳製造販売。住友化学とタンザニア現地企業AtoZ Textileの折半出資によるJV)
ナイジェリア・ラゴス:Honda Motor Nigeria (オートバイのCKD製造販売)、West African Seasoning Co., Ltd. (味の素現地法人。調味料・香辛料の製造販売)、Vestagaard Frandsen (防虫蚊帳や浄水器Lifestrawの製造販売)
ベトナム(Hochiminh Cityおよび近郊):Rohto-Mentholatum (Vietnam) Co.,Ltd (ロート-メンソレータム・ベトナム社)、Panasonic AVC Networks Vietnum Co., Ltd. (パナソニックAVCネットワークス ベトナム株式会社)
カンボジア(Phnom Penhおよび近郊):Sahakreas Cedac Ltd. (通称SKS Cedac。サハクリア・セダック株式会社、CEDAC(注参照)が支援する事業の作物・商品の小売事業)、CEDAC設立の米焼酎製造所 (注:CEDACとはNGOで、カンボジア農業開発研修センター)、CEDACの事業農場(野菜の栽培・SKS Cedacへの卸売)
インドネシア(Jakartaおよび近郊):P.T. Yakult Indonesia Persada (インドネシアヤクルト 製造工場および営業所でのヤクルトレディ昼礼)UNDP Indonesia インタビュー、Yayasan Kusuma Buana (YKB) (医療NGO)低所得層家庭
第4回調査 インドネシア、ベトナム
インドネシア:PT. Humakilla Indonesia (フマキラー、蚊取り線香の製造。販売)
ベトナム: Angimex Kitoku (木徳神糧、契約農家へのジャポニカ米生産指導、精米、輸出販売)

2011年7月7日木曜日

Academy of International Business 国際経営学会 その2

6月27日には、"Executive Panel on BOP: A Japanese perspective" と題して、包括的ビジネスに積極的に関わる日本企業の実務家による講演とパネルディスカッションが開かれた(岡田が本セッションの企画とファシリテーションを担当した)。まず私自身の研究内容を簡単に紹介した後、冒頭で経産省( 通商金融・経済協力課長小山さん)から日本政府による支援の枠組みが説明された。

包括的ビジネスの事例としては、英語の世界で紹介されるそのほとんどは日本企業以外のものである。しかし日本にもモデルとなるべき事例は数多い。今回のセッションは、まさにそうした意図で開催された。牧野教授から声をかけていただいた時は、可能な限り多くの企業を招こうと考えたが、いかんせん時間に限りがあるため、下記の4社(サンヨーの角地さん、味の素の取出さん、ヤマハ発動機の西嶋さん、日本ポリグルの小田会長)に講演と質疑をお願いした。

当日はハート教授も来られ、熱心にメモを取っていた様子が印象的だった。

MONDAY, JUNE 27 - 13:45-15:15

Session 2.3.1 - Special SessionTime: 13:45-15:15
Track: 14 - Special SessionRoom: 1101

Executive Panel on BOP: A Japanese perspective (Session# 111408)

Chair: Masahiro Okada, Keio University


Initiatives by the Japanese Government to Support 'Inclusive Business' (ID# 1659)

Satoru Koyama, Director, Trade Finance and Economic Cooperation Division, METI

Solar lantern - A Shining Ray of Hope to Save Lives (ID# 1660)

Hiroyuki Kakuchi, Sanyo (Panasonic)

Nutrition Improvement Project in Ghana: a Trial to Establish 'Social Business' (ID# 1661)

Yasuhiko Toride, Ajinomoto

Growing our Business in Africa (ID# 1662)

Ryosuke Nishijima, Yamaha Motor

Small and Medium-sized Enterprises Play a Key Role in Growing Inclusive Businesses (ID# 1663)

Kanetoshi Oda, Nippon Poly-Glu

2011年6月28日火曜日

Academy of International Business 国際経営学会 その1

6月24-28日まで、名古屋で国際経営学会(AIB)の年次総会が開かれた。AIBは世界最大の国際経営に関する学会。参加者数(900名)も過去最大となった。香港中文大の牧野教授がコンファレンスチェアを務めた。そのオープニングパネルの一つとして、CornellのHart教授、Ohio StateのBarney教授(岡田のOSU時代の指導教授)、Texas A&MのHitt教授という顔ぶれが"Strategy & Sustainability(戦略と持続性)"というテーマで講演とパネル討論を行った。

SUNDAY, JUNE 26 - 11:15-12:45

Session 1.2.P - PlenaryTime: 11:15-12:45
Track: 14 - Special SessionRoom: Large Hall (2nd Floor)

Strategy and Sustainability

Chair: Paul W. Beamish, University of Western Ontario


Toward Sustainable Global Enterprise

Stuart Hart, Cornell University

Lessons from the Field: Applying Strategy and Entrepreneurship Theory in the Context of Abject Poverty

Jay Barney, Ohio State University

Sustainability Strategies and Sustainable Competitive Advantage

Michael A. Hitt, Texas A&M University


昨今の私の関心事であり、本フォーラムの趣旨でもあるのは、「あくまで経営戦略理論の視点から包括的ビジネスを分析する」ということだ。その意味において、かたや包括的ビジネスを一つの研究領域として認知させたHart教授、かたや戦略理論の重鎮であるBarney(リソースベーストビューの理論家)とHitt教授(前Academy of Management会長、元Strategic Management Society会長)の鼎談は、まさに両者の出合う場であった。

3者のショートスピーチの主旨はそれぞれ下記の如くであった:

Hart:基本的に「未来を創る資本主義」におけるフレームワーク(縦軸が下:todayと上:tomorrow、横軸が左:internalと右:external。左下象限がPollution prevention, 右下がProduct stewardship, 左上がClean technology, 右上がBase of the pyramid)をベースに説明。企業は下半分でなく上半分に従事すべきである、と。

Barney:OSUが支援しMBA学生によって実地に行われている、ペルーとボリビアでの包括的ビジネス(スカーフの生産と輸出)立ち上げの現場体験を語る。それを通じて学んだKSFとして、1) local entrepreneurship, 2) the problem of dependence (援助依存)からの脱却、3) humility、4) patience、5) 創出されるあらゆる便益のコスト把握、6) moralityを挙げた。最後に、包括的ビジネスの研究は学術成果のためというよりも、戦略理論が貧困削減に役立つこと自体がモラルとして正しいからこそ行うべきだと締めくくった。

Hitt: 包括的ビジネスと新興国ビジネスにおける研究機会(research opportunities)について語った。

これらのみから、包括的ビジネスが戦略理論に与える影響を読み取ることは難しいが、いくつかのヒントは得られたので、今後紹介していこうと思う。


2011年5月17日火曜日

「急拡大する『BOP』ビジネスへの参入に異議あり:日本企業は強みを生かせる『MOP』を目指せ」

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110506/219791/?P=1(無料会員登録で全編通読可能)

元花王会長の常盤さんのエッセーである。このエッセーをそのまま読むと、これはBOPとMOPを分断された市場ととらえ、MOP予備軍としてのBOPへも同時攻略が必要だという考え方が欠落しているようにも受け取れる。一見すると、日本企業のかつての成功モデルへの回帰を肯定しているように読める。
ところが、読み進むと、日本企業への認識がきわめて現実的で、なかば自虐的とすら言え、むしろ逆説的に日本企業の戦略不全に対する痛烈な批判になっているとも解釈できた。不思議なエッセーだ。

以下、同記事の要点。

日本企業の強みは歴史的に高性能・高品質なのにリーズナブルな価格」という点にあり、これはBOPで要求される低品質低価格には整合しない。むやみにBOPを攻めては果てしない価格・コスト競争に巻き込まれて疲弊するだけである。

韓国中国企業は意思決定スピードや経営資源の組み換えが早く、変化の早い新興国市場への適応能力が高い。また、市場ニーズを把握するための「市場感性」にも長けている。一方、日本企業は「とにかくスピードが遅」く、「現地への権限委譲が不十分なためか、本社で時間をかけて議論することになったり、的外れな決定が下されたりしがち」なため、「結果として、韓国勢などに先を越されてしま」う。 (筆者注:これではMOPでも全く勝てないと思われるが。)

その結果、「日本企業は確かに技術では優れていても、この市場感性とスピード感では韓国などに見劣りします。」「残念ながら、技術で勝っていても、市場で、ビジネスで負けてしまう」。

よって、日本企業はBOPに攻め入るべきではなく、新興国中間層および先進国市場に的を絞り、「日本らしさ」を追求すべきである。

以上が氏の主張。

サムスン電子のアフリカ戦略

http://www.nation.co.ke/business/news/Samsung+seeks+new+market+in+Africa/-/1006/1160442/-/ywacv3/-/index.html
(Daily Nation, May 17, 2011)

(CIO East Africa May 17, 2011)

同社がナイロビで独自開催したサムスンアフリカ地域フォーラム(Samsung Africa Regional Forum)で、サムスン電子のアフリカ事業のリーダー、Park氏が述べている。

1)アフリカでの急速な業容拡大

2010年、サムスン電子はアフリカ事業で$1.23Bの売上を達成、これは前年比31%増である。アフリカは、同社の世界売上全体($135.8B)の0.9%にあたる。アフリカにおける版図拡大は、2009年と2010年の比較において、製品販売国数は15から42へ、流通業者数は32から80へ、サービスセンター数は18から36へ倍増している。

Park氏によれば、同社の目標は2015年までにアフリカ市場での売り上げを$10B(約1兆円)レベルに引き上げ、中国に匹敵する市場に成長させる計画だという。そのためには、2011年の成長率を前年比倍の63%、雇用者数も5000名に引き上げる方針だという。


2)組立工場とR&Dセンターの増設

現在同社はスーダン、南ア、ナイジェリア、エチオピア、セネガルにKD工場を保有するが、KD工場をさらに増設するとともに、新たにナイロビにR&Dセンターを設立する。R&Dセンターは、アフリカにおける「ひんぱんな停電を始めとする厳しい環境」を前提とした製品開発を担う。同社はこれまで22のローカルR&Dセンターを全世界に設立してきているが、アフリカでは初めて。

3)現地人材の育成プログラム

同社はまた最近になってSamsung Electronics Engineering Academy (SEEA)という、アフリカの将来を担うエンジニア養成プログラムを設立しており、現地の4校が参加する(すでに南アでたちあがり、ケニアへ拡大中)。これにより2015年までに10,000名のエレクトロニクス分野のエンジニアをアフリカで養成する方針。

4)アフリカ向け製品の拡大
本フォーラムで、サムスン電子はすでに開発済みのアフリカ向け製品のプロトタイプを発表した。フルHDの3Dテレビで双方向通信可能なサムスンスマートTV,ギャラクシーTab 10.1と8.9などである。

他にアフリカで活発な動きを見せる企業にはNokia, Google, Bharti Airtel などがある。日本メーカーのアフリカ戦略はいかがか。MOP同様再び後塵を拝することになるのか。


2011年5月16日月曜日

週刊アフリカビジネス

アフリカ市場に関する情報は、もちろんJETROやJBICに当たると、調査プロジェクト単位の報告書が入手できるが、佐藤重臣氏による週刊アフリカビジネス(メールマガジン)は継続的に情報収集・発信・分析している(月額840円)。毎週個別業界や経営環境など多岐にわたる読みごたえあるレポートが送られてくる。
次のエントリーの「サムスン電子のアフリカ戦略」に関する記事も、週刊アフリカビジネスでクリップされていたものだ。

サムスン電子の地域専門家制度

既に昨年五月のエントリーで紹介されているが、少し詳しい内容(地域別育成人数など)がこちらに。

2011年5月9日月曜日

第16回日経アジア賞: フィリピンNGO ガワッド カリンガ

Gawad Kalingaは、貧困層向けに住宅建設を支援する。第16回日経アジア賞
活動資源(資金や資材)の提供元は「米シティグループや富士ゼロックス、比最大財閥アヤラ・グループといった内外の有力企業」および「一定の成功を収めたフィリピン人の海外就労者」。企業には「住宅や道路に企業名を命名させたりする。」

すでに同国内2000地区で20万件の住宅建設実績。目標は「2024年までに、貧困層向けに500万戸の住宅を建設する」こと、だという。

(日経新聞朝刊5月5日10面に記事)

国連の世界人口推計: 2100年にはアフリカの人口が35%を占める

日経新聞朝刊5月5日報道および補足

国連によれば、本年中に地球上の人口は70億人を突破する。地域別に見ると(下図)、アフリカの人口増加が顕著であり、2100年にはアフリカが全人口の35%、アジアが45%、ラテンアメリカとカリブ海諸国、ヨーロッパ、北米、オセアニア合計で20%。



海面上昇が今世紀末までに1.6m上昇する可能性

日経新聞2011年5月5日報道および補足

北極評議会(Arctic Council)の予測によれば、北極の氷の融解が予想以上に早く進んでおり、標記の海面上昇が予測されるという。

例えば本ブログの先のエントリーで触れたように、バングラデシュであれば、海水面の3ft(約1m)の上昇により、国土の約3分の1(居住者数3500万)が水面下にという指摘(http://bopstrategy.blogspot.com/2009/09/202531.html)や、同じく1mの上昇で海岸線の4分の1が氾濫し、国土の17%が失われる(http://bopstrategy.blogspot.com/2009/10/3117.html)など、複数の予測がなされている。

2011年4月25日月曜日

セキュリテ被災地応援ファンドとインパクト・インベスティング

野村の復興ファンド(被災企業発行の社債等を購入)も募集が始まったが、インパクトインベスティングの仕組みとしてより興味深いのは、被災企業6社が投資対象となる「セキュリテ被災地応援ファンド」だろう(河北新報による報道はこちら4月25日より順次、投資家への募集開始予定という)。規模は野村の方がはるかに大きくなるが、セキュリテ不幸ファンドの特徴は、その仕組みだ。振り込まれた一口1万円のうち、半分が出資金、半分が寄付金となる(さらに加えて運営手数料500円が追加でかかる。よって一口10,500円)。

社会的投資という考え方は、ある同一の出資金に対し、経済的リターンと社会・環境的インパクトを同時追求することが想定されてきたが、両者を明確に性格付け、切り分けているような体裁を持っている点が特徴的である。もっとも、このスキームの出資金自体も、被災企業の復興という大きな社会的インパクトを背負っていることは言うまでもない。

こうした出資と寄付を合体させた資金調達方法は、今後も自由な発想で様々なバリエーションが考えられるであろうし、包括的ビジネスにおいても活用可能なスキームと考えられる。

公開情報ベースの事実関係としては、まず2011年4月1日にミュージックセキュリティーズが「『セキュリテ被災地応援ファンド』事業者の受付」を開始した。これは投資家への募集ではなく、ファンドの「投資対象となる事業者の募集」である。今回、この募集に被災地の6企業が応募したものと推察される。

これらの6事業者は、
1)八木沢商店(陸前高田市、みそ・しょうゆ醸造)、2)斉吉商店(水産加工業)、3)石渡商店(フカヒレ加工販売)、4)オノデラコーポレーション(輸出入・飲食業)、5)丸光食品(製麺業、ここまで気仙沼市)、6)のヤマウチ(鮮魚販売、宮城県南三陸町)。いずれも各地方の地元発中堅中小事業者だが、ネット通販の活用など新しい経営手法を積極的に活用している印象だ(各社のウェブサイトを覗いてみてほしい)。ヤマウチなどは第13回日本オンラインショッピング大賞 最優秀小規模サイト賞を受賞している。

2011年4月20日水曜日

東日本大震災と包括的ビジネス(BOPビジネス)

今回の未曾有の震災は、現在も多種多様で深刻な課題を企業社会に突き付けている。先進国では当たり前だった与件が深く変質してしまった今、企業はそのビジネスや業界の特性に応じて、単にリスクや危機管理体制を見直すにとどまらない戦略再構築を迫られるだろう。例えば、集権的に制御されたエネルギー網や集中制御型ビジネスプロセスそのものを見直す必要が生じている。

本エントリーでは、大震災が企業に突き付けた問題と包括的(BOP)ビジネスへの取り組みがオーバーラップする部分、さらには企業の取り組みとして相乗効果が期待できる部分を議論したい。

実際のところ、東電による計画停電中だった我が家で最も活躍したのは、他ならぬタンザニアで購入してきたBOP向けのソーラーランタンだった。またパナソニックグループの三洋電機は現在アフリカで拡販中の自社製ソーラーランタンを4000台被災地へ贈り、またパナソニックもBOP無電化地域向け設備を被災地へ提供した。考えるきっかけはこうした単純な事実である。

考えてみれば、包括的ビジネスの舞台であるBOPにおいては、BHN(Basic Human Needs)の未充足が大きな問題である。それはMDGsとして明示的に認識されてもいる、それらの問題解消が包括的ビジネスの大きな目的の一つである。一方今回の日本の震災地でも、先進国では空気のように当たり前の存在だった「エネルギーへのアクセス(Access to energy)」が、当たり前でなくなった
。その意味において、BOPと同様の事態が今現在の日本で発生している(無論、経済力が圧倒的に大きな日本において、地理的にごく部分的な範囲でエネルギー網が破壊されても、その修復は包括的市場に比べればはるかに速いスピードで改善が図られる事は言うまでもないが。)

すなわち、

1)今回の震災を機に、日本の企業社会は、「エネルギーは無限かつ安定的に供給されるものだ」という意識・無意識の与件が盲目的神話にすぎなかったと体験を持って自覚した。⇒分散自立型へのシフト(転換ではない。製品戦略、オペレーション体制の抜本的再構築へ)

2)日本企業・国民は、東北被災地での体験(社会資本の全喪失、
停電は400万世帯)や、それに比べれば影響はごく微小ながら、5日間で東電管内約1,000万世帯で生じた計画停電を通じ、社会資本がほんの一部でも欠如すると、それを当然の与件として成立していた社会ではいかに重大な問題が生じるかを、今更ながら体験を伴って思い知らされた。

3)包括的ビジネスは元来、集中制御型のエネルギーアクセス網のない地域でいかにBHNを充足し、かつ利益を確保するかを狙いとしており、日本の被災地の現状改善と包括的ビジネスの対象コミュニティはある意味で似通ったニーズを持っている。⇒短期的類似性、ならびに補助金等への依存だけでなく、営利ビジネスを通じた問題解決(例えば雇用創出)の重要性も共通。

4)また、日本の被災地におけるBHNの改善は一定期間(5年位?)で終了するが、その後も「災害によるBHN喪失、事業インフラ喪失への備え、安定的な分散エネルギーの確保」へむけて社会構造が変わり、ビジネスもそれを前提に構築されるる可能性が高い。⇒長期的・構造的類似性

5)上記のことからBOPへ向けた製品・サービスの開発と、今後の日本社会のニーズとは相乗効果が高まっていく可能性がある。(これをリバースイノベーションというか否かは微妙だが)

6)例えば
分散エネルギー分野や防災関連設備・製品では、BOP向け製品との間には相乗効果が多々想定できるだろう(コミュニティ向けレベルと個人向けレベルの双方で)。例えば、個人レベルでは簡易浄水器、浄水剤、簡易ソーラー・水力発電装置(動力源、熱源、照明・携帯電話充電)、簡易衛生・医薬用品、水のない場所での衛生確保用品等)⇒防災備蓄用品・防災システム・分散電源ベースの日常生活という新しい成長産業。コミュニティレベルでも分散エネルギーベースの浄水・揚水機能や電力源等々で新たな市場拡大。

与件が変質したnew normal の下で、包括的ビジネスと復興事業の相乗効果が何かの形で具体化してくることを期待したい。こたびの大震災によって、包括的ビジネスと日本企業の心理的距離は確実に縮まったのではないか。

日本能率協会BOPビジネス報告書「開発途上国低所得層(BOP)におけるビジネスの実現と成功条件について」

昨年12月のエントリーで東南アジアのフィールドサーベイについてエントリーして以来、数か月遠ざかってしまった。この間作成に従事していた報告書が、ようやく日本能率協会から3月24日に発表された。(報告書は下記のURLでダウンロード可能です↓)

この報告書は、一昨年のアフリカ昨年末の東南アジアでのフィールド調査、ならびに日本能率協会主催の「BOPビジネス懇談会」メンバー企業(味の素、ヤクルト、ヤマハ発動機、三洋電機、住友化学、テルモ、東芝)の知見を豊富に反映しながら、理論的な構造化を試みた。

執筆に当たって特に留意したのは、1)企業戦略の観点からなぜBOP層でのビジネスに取り組む意義があるのか、2)ゼロからの参画である場合、どのようなプロセスで意思決定していったらよいのか、ということである。

すでに世の中には多数のBOP関連書籍が発刊されており、BOPビジネスを各市場ごとに概観するものや実地調査の方法論などが紹介されている。そのような中、本報告書が光を当てたのは、実務的知見もさることながら、専門領域の企業戦略の視点である。企業戦略においてはいかなるビジネスであれ、そこにどのような「戦略的意図」があるのか、が戦略策定の出発点となる。その下で経営資源は最適配分され、自社の持続的競争優位の実現が目指される。

この「BOPで営利事業を進める際の戦略的意図」という論点の重要な理論的背景になるのがPorter & Kramer (2011) "Creating Shared Value: how to reinvent capitalism -- and unleash a wave of innovation and growth" で、経済的価値と社会的価値の同時実現をゴールとする考え方である。これについては、その重要性に鑑み、両著者のこれまでの一連の著作を振り返りながら、その理論的進展と、今後の戦略理論に与える潜在的インパクトを含め、近日中に触れることにする。